月別アーカイブ: 8月 2007

朝青龍問題

4日間の小沢塾合宿中は、テレビもラジオも新聞も目に触れない環境(部屋にテレビはありましたが時間なし)で、ホテルにカンヅメ状態でした。帰宅してテレビをつけると未だに朝青龍問題が報道され続けているのですね。そういえば、早稲田の大学院時代同じゼミ(原剛研究会)の仲間(明徳義塾高校出身)が「高校時代のクラスメイトに朝青龍がいて仲が良かった」と言っていました。彼女は今、中国の某大学で教鞭を取っています。個人的には、朝青龍問題はどちらでもいい(誤解を恐れず言いました)ので、マスコミは政治問題について、もう少し枠を広げて頂けないかと思う次第です。小沢一郎政治塾合宿にも5、6台のテレビカメラや沢山(ゆうに10名を超える)の政治記者の方たちが取材に来られていましたが、テレビにその様子は出たのか気になる所です。(お蔵入り?)
「朝青龍問題」と言うタイトルで、このブログへお越し頂いた方にはお詫びいたします。

小沢塾無事卒業。&厚木市全国県人会連合会。

本日まで「4日間の合宿」をもって二年間の課程を無事修了。「小沢一郎政治塾」を卒業しました。この2年間は、非常に充実し有益なものでした。小沢塾長、一新会所属の国会議員、塾の仲間たち・・・。私にとって一生の財産です。写真は、修了証書。講義をする小沢一郎塾長。卒業にあたっては、小沢先生とのツーショット写真をプロのカメラマンに撮影して頂きました。(その写真は後ほどUPします)
午後五時に自宅に帰宅した後、午後七時から「厚木市全国県人会連合会」の定例会(それぞれの県人会長が出席)にオブザーバーとして出席させて頂きました。私は二年ほど、天城湯ヶ島(
現:伊豆の国市)に住んでおりました関係で、厚木市静岡県人会に入会させて頂きました。県人会は、私のように厚木生まれの厚木育ちでも、関わりの有る県人会に入会することができるそうです。ご希望される方は、私までメール等でご連絡頂ければ、ご紹介のお手伝いをさせて頂きます。

小沢一郎政治塾第3日目。

小沢塾合宿も第3日目です。本日は朝8時45分から塾生討論(今回はディベート形式)です。午後からは、ジャーナリストの大谷明宏氏の講義です。明日は4日最終日。小沢一郎塾長の講義でしめられます。私たち6期生は、今合宿で卒塾となります。卒塾後は、塾外から小沢塾長を支えて参ります。
写真は、昨日の昼休みホテル隣の公園で行われていたフリーマーケットの様子です。

納涼大会と灯籠流しの写真。

夜7時半過ぎに灯籠流しを終えた後、急いで帰宅し、4日分の荷物を引きずり、外苑前の日本青年館ホテル(新宿区)へ。小沢一郎政治塾の合宿に合流できたのは、夜の9時半。みんな明日以降のディベートの準備をしていました。もうすぐ夜中の1時というのに部屋の仲間は、戻ってきません。談話室で、議論をしています。明日は、朝7時に朝食を取り夜中までディベートの準備です。議論はつきません。今日は長い一日でした。明日から中身の濃い3日間が残っていますので、そろそろ寝ます。おやすみなさい。

厚木市事業仕分け。納涼大会。灯篭流し。小沢塾合宿初日。

ただ今、厚木市主催の「事業仕分け」を傍聴しています。(朝9時から午後4時30分まで行われます。)今回は厚木市の34事業(43子事業)を対象に4つの班に分かれてそれぞれ、「不要」「必要」「民間」「要改善」の4つに分類する作業が行われています。評価結果がそのまま事業の最終判断になるわけではありませんが、こうした作業を行うことに意義があると考えています。この「事業仕分け」は、もともと、「シンクタンク構想日本」代表の加藤秀樹・慶應義塾大学教授(東京財団理事長)が粘り強く提案されてこられたものです。私も(大学時代、加藤秀樹ゼミに在籍していた3年間とそれ以降)この事業仕分けについて調査研究の御手伝いもさせて頂きました。今でこそ、この事業仕分けを取り入れる自治体も増え始めましたが、私もこの事業に対しては、強い思い入れがあります。(もちろん、これまでも、一般質問などで要請をして参りました。)
この後の予定は、午後5時から、毛利台地区と森の里地区の納涼大会(他2箇所)にもお招きを頂いております。また、午後6時半から相模川三川合流地点にて行われる、灯籠流しにもお招き頂きました。写真は、「事業仕分けの様子」(写真は許可済)と「昨晩の有楽町(ベトナム料理サイゴン)のデザートとベトナムのビール」。本日から4日間は、日本青年館ホテルでの
小沢一郎政治塾の合宿です。私は、上記予定のため、本日夜中に合流します。これからの4日間はホテルでカンヅメでの議論が待っています。昨年は、塾生討論において、最優秀賞(賞品は小沢塾長からネクタイのプレゼント)を頂きました。今年は、6期生と7期生が班に分かれてのディベートです。今年も頑張ります。

厚木市戦没者追悼式に参列。夜は有楽町。

本日は午前中、「平成19年度厚木市戦没者追悼式」 に参列して参りました。謹んで哀悼の誠を捧げます。
2004年の戦没者追悼式の私の日誌には次のように記してあります。「私の祖父もトラック島にて戦争を戦いました。終戦を経て帰国しましたが、祖父の戦友の方より、非常に厳しい状況を生きぬいたと聞いています。私は今、従軍慰安婦問題などを含めての日本の戦争責任とその後の総括について、大学院にてレポートを作成することもあります。私が小学生のときに亡くなった祖父の口からは、戦争の体験について語られることはありませんでした。「平和」は、私たちの世代がしっかりと考えていかなければならない問題です。戦争戦没者の方々に対して、謹んで追悼の意を表します。」
ただ今、本庁舎へ戻り、事務作業中。こののち、昼食を取りに(酷暑の)外へでます。何を食べましょうか・・・。夜は、有楽町で、妻の会社(某外資系金融)の同僚たちと食事を取る予定です。下記は過去のブログへのリンクです。(平成16年度はブログではなく、テキスト平打ち形式)
 :〔平成16年度 厚木市戦没者追悼式〕(スクロールして8月12日の日誌をご覧下さい)

猛暑日につき、熱中症注意。

猛暑の埼玉、群馬、東京で、熱中症が原因で死亡者が出たとのことで、都内でも他に7名の重体者が出たと言うことです。いずれも新聞記事からの情報です。
私は、妻と結婚する2年半前まで、家にクーラーのない生活でした。今は小さなビルに建替えてしまいましたが、中央通り(厚木)のすぐ裏手にある我が家でもかつては、良い風が吹き抜けていました。丹沢大山と相模川にはさまれ、窓を開け放てば、風が吹き抜ける状況から一変、ビルに囲まれ、街中は常に渋滞で車からも大量の放射熱・・・。「ほんの少し前まで、クーラー(エアコン)は贅沢品だった」なんていう話をすると笑われてしまいそうですが、私も実際、2年半前からクーラーの有る生活をしているしだいです。4年前の選挙もそんなクーラーのない自宅を開放し、窓を開け放ち、蚊取り線香を炊いていました。そのころも「今どきクーラーもないなんて・・・」とこぼしつつみんな頑張ってくれました。 閑話休題。私も一人暮らしのお年寄りのお宅を訪れ、その暑さに「これは酷だ」と感じることがあります。先日も慰安旅行の打ち合わせを行なうために某旅行会社にお伺いすると顔見知りのお年寄りがいらっしゃいました。生活ぶりを知っている私としては、旅行に行ける経済状況にないと察することができ、店舗に涼みに来られたのだなと理解しました。パンフレットに視線を落としているその姿を見て老いると本当に心が痛みました。結局、声をかけることはできませんでした。お店としてもご迷惑とおもいますが、お目こぼしを頂いていたようです。この暑さは、状況によって命に関わります。行政に関わるものもこの認識を忘れないようにしたいものです。今夜は、議員同士の親睦会に出席する予定です。

お盆。暑いというより、熱い。厳しい残暑。

今日は本当に暑かったですね。家から役所まで歩いて5分とかからないのですが、朝一番(9時頃)でも汗びっしょりになります。午前中は役所の某部署へ。しかしながら、どこの課もお盆休み的な雰囲気・・・。副市長にお願い事を書いた紙で言付けるなどして、詳細は来週に致しました。お昼は、七沢のカフェレストランベンガルで、ハンバーグランチ。ニンニクチップがたっぷりと載っていました。確かハンバーグとライスとドリンクで、確か1250円。美味しかったです。そのまま、毛利台の実家に戻り、青松寺の御住職を待ち、お経をあげて頂きました。若かった御上人も貫禄がついてきまし
た。先代のご住職が永眠され、お寺を継がれました。私と年もそんなに違わない(もちろん私より上)はずですが、「地位が人を創る」ということでしょうか。
そのまま、車で横浜へ行き、樋高剛・前代議士御尊父の通夜へ参列させて頂きました。
一新会所属の国会議員や小沢一郎政治塾(私は6期生)の仲間も多数顔を揃えました。今週末より、4日間の小沢一郎政治塾の合宿が予定されています。この仲間たちで、切磋琢磨して参ります。

62回目の終戦の日。&通夜参列。

本日は、62回目の終戦の日です。厚木市の戦没者追悼式は、17日に厚木市文化会館大ホールで行われます。
また今夜は、
通夜(横浜市西区・一休庵久保山式場)に参列する予定です。これまで私の兄貴のように世話になってきた前代議士の御尊父が13日永眠されました。故人の御冥福を心よりお祈り致します。
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3R(リデュース・リユース・リサイクル)に足りないもの。

先の日曜日、親しい愛川町議さんと会って言われたのが、「厚木の中間処理施設(ごみ焼却場)建設はどうなっている」旨の言葉を頂きました。建設については、これから市長のお考えと厚木愛甲環境施設組合の判断を待たないと何とも言えませんが、現在でも移転候補先の棚沢地区では、納得を頂いておりません。私の考えは、リデュース(ごみの排出総量を圧縮)することで、今の施設で、5年でも7年でも延命させて、その間、もう一度場所を選定しなおす作業が必要と考えています(この私の考えは、先のタウンニュースでも投稿させて頂きました)。
和光市議(埼玉県)をしている友人のブログにもごみの出し方についてのエントリーがありました。私も彼と同じ考えで、一番必要なのはリサイクルよりもリデュースとリユースだと考えています。 リデュース(廃棄物の抑制)・リユース(再使用)・リサイクル(再資源化)とありますが、私はひとつ足りないのではといつも考えてきました。うまく説明できないのですが、この3Rには、「モノを長く大切に使う」という思想的なものが足りないのではないかと考えています。私は政治の世界に入る前は、10年近く和食の調理師をしておりました。和食の板前さんは、師匠や兄弟弟子が亡くなるといわゆる「形見分け」をします。包丁や盛箸などを分けてもらいます。包丁は、研ぎながら鋼のなくなるまで大切に使い込みます。日本の古きよき伝統などということは言いませんが、教育の場においてももう少し、「物を大切に使うこと」「一つのものを使い続けることの素晴らしさ」的なものを教え込んでいくことが、一見遠廻りに見えても、環境に優しい社会造りにつながると考えています。
今回の選挙でも使用した自転車は、私が小学校5年生のとき、お隣の自転車屋さんで購入した大人用のスポーツサイクルです。今でも毎日の駅頭活動で使用しています。また、小学校修学旅行のとき奈良で購入した「鹿の角」でできた箸も今でも使用しています。いづれも使えば使うほど、愛着がわき手放せなくなります。写真は、本文には全く関係なく、紅参茶(紅高麗人参茶)の写真。過日、韓国・軍浦市議会議長から頂いたお土産です。