訃報:倉田仁(くらたひとし)・民主党県連幹事長 御逝去。「余人をもって代え難い」/倉田幹事長の志は、部下の一人として忘れない。

民主党県連・幹事長の倉田仁議員が、16日、御逝去されました。お亡くなりになられたことは、承知致しておりましたが、諸事情によりブログでの公表は、新聞各紙の報道を待って行うことと致しておりました。ご理解下さい。
今年、民主党神奈川県総支部連合会の代表選挙があり、代表が交代致しました。連合と信頼関係の厚い浅尾・前代表から、笠浩史代表へと変わる中、幹事長の大任をお引き受けされたのが、倉田仁・神奈川県議会議員でした。新代表・新幹事長の間で、新執行部の組閣が行われ、新役員の一人として、私を推して頂いたのが、倉田幹事長でした。
どちらかというと連合から遠い私ですが、これまでの日常活動を評価して頂いてのことだったと聞いております。
大病を患う中で、神奈川県連の将来を憂い幹事長の大役をお引き受け頂いておりました。入院される直前に横浜・関内の某料理屋で、共にしゃぶしゃぶを食べたのが最後の思い出でした。倉田幹事長は、私にせっせとしゃぶしゃぶを作って頂き、ご本人にもお薦めすると「オレは、あまり食べれないんだよ」と精一杯の笑顔で答えておられました。倉田幹事長の部下として、志を受け継ぎ、現在の職(県連・組織県民運動委員長)に全力で取り組んでまいりたいと改めて、心に誓いました。私に託された「民主党県連/青年局・女性局」の立ち上げは、倉田幹事長の思いもこもっています。形になる前に旅立たれたことは、無念ではありますが、「前例にとらわれず、失敗を恐れず、全く新しい組織を作ってくれ」という倉田幹事長の言葉を忠実に守りチャレンジして参ります。 故人のご冥福を心よりお祈り致します。
ーーー以下は記事転載ーーー
毎日新聞 2008年6月18日 地方版) 訃報:倉田仁さん 51歳 死去=民主県連幹事長 /神奈川 ◇突然の訃報、「余人をもって代え難い」
民主県議の倉田仁(くらた・ひとし)さん(横浜市旭区、3期目)が16日、死去した。51歳。4月に民主県連幹事長に就任したばかりで次期衆院選に向けて執行部と労組のパイプ役を期待されていた。 JFEスチール(旧日本鋼管)京浜労働組合出身で、99年の県議選で初当選。今年4月の県連代表選で、連合の手厚い支援を受けてきた浅尾慶一郎参院議員を1票差で破った笠浩史県連代表に幹事長に指名された。 県選出の民主国会議員の1人は突然の訃報(ふほう)に「人柄や実績に加え、連合と深い付き合いがあり、余人をもって代え難い」と悼んだ。 また、笠代表は「病気を抱えながら、並々ならぬ決意で幹事長を引き受けていただいた。活力ある県連にしようと一緒に頑張っていたところだった」と声を落とした。県連は当面、幹事長を置かないという。 ※ 葬儀は21日午前11時、横浜市港北区菊名2の1の5の妙蓮寺斎場。自宅は同市旭区川島町2950の99。喪主は妻優子(ゆうこ)さん。 【五味香織、笈田直樹】
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