養護施設出身の女子プロレスラー。 コマンド ボリショイ

養護施設出身の女子プロレスラー。コマンド ボリショイ(ボリショイキッド)
さとう後援会支援者の御子息(この方も支援者)が、私の名前を入れたサインを持ってきてくれました。ボリショイさんが私の好きな言葉を入れておきますとの事でした。「変わらない為に変わり続ける進化」
感謝です。
仕事場にはっておきます。
引退したので、ご本人は、元プロレスラーとしていますが、私は、プロレスラーに関しては、元プロレスラーとは言わず、プロレスラーと書いています。(あまり書くことはありませんが)
剛竜馬選手が晩年、本厚木駅周辺で見かけることが多くありましたが、私以外は、おそらく誰も知らないだろうなと。南口から競輪場に向かうバスの中に非常になじんでいたことを覚えています。
葬儀もケーヨーデイツーの隣でささやかに執り行われました。でも彼は、生き方を含めてプロレスラーと思っています。
剛竜馬とボリショイキッド(コマンドよりもこっちが好き)は好きな選手です。
難病の「黄色靭帯骨化症、脊柱管狭窄症」を抱えての引退でした。ボリショイ選手は、2歳で施設に入り、「記憶はないんですけど、あとから聞いた話だと、きょうだいがたくさんいたので、私だけ乳児院に預けられて。きょうだいみんなで一緒に暮らしたこともないし、親と暮らした記憶も無いです」ということでした。

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