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一昨日の楠梨恵子議員 代表質問を通じて感じたこと諸々/ともに生きる社会の実現に向けて 他

一昨日の楠梨恵子議員の代表質問 通告した質問項目は、以下の通りです。

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1 人生100歳時代を見据えたコミュニティ再生のあり方について
2 ともに生きる社会の実現に向けて
– (1) 障がい者の高齢化に伴う支援について
– (2) 外国人労働者の受入れに向けた県の取組について
– (3) 県立高校における外国につながりのある生徒への支援について
3 国内観光客の誘致に向けた戦略的な取組について
4 県道の災害情報などをSNSで発信することについて
5 セーリング競技の機運醸成について
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代表質問は、県議団を代表してのものであります。質問の一つ一つは、厚木市にもかかわるものであり、私の問題意識と重なるものであります。私がこれまで、二期8年間にわたり、県議会で取り組んできたことの延長で、現在の3期目となっておりますが、3期目は、新しい仲間たちと共に取り組んで参ります。

今回の代表質問では、「外国人労働者の受入れに向けた県の取組」「外国につながりのある生徒への支援」「国内観光客の誘致に向けた戦略的な取組」「災害情報などをSNSで発信」「東京オリンピックに向けたセーリング競技の機運醸成」等については、私の所管する国際文化観光スポーツ常任委員会にかかわる課題であります。

特に ラグビーワールドカップ2019 や東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の機会を捉え、神奈川発の魅力的なコンテンツの創出と発信を行い、そうしたコンテンツの担い手となる人材を育成するとともに、地域のにぎわいの創出に私も所管常任委員会委員として努めて参ります。

多言語支援センターかながわの運営については、本日の代表質問 知事答弁にもありましたが、今月より、対応言語を新たに5言語を追加し、現在は、やさしい日本語を含めた11の言語で対応をしているとのことです。
現在、質問の準備に取り掛かっておりますが、本日の代表質問に引き続き、私の所管する国際文化観光スポーツ常任委員会の他、機会を捉えて取り組んで参ります。

/2016年(平成28年)7月26日未明、神奈川県相模原市緑区千木良476番地にある、神奈川県立の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」に、元施設職員の男(犯行当時26歳)が侵入し、所持していた刃物で入所者19人を刺殺し、入所者・職員計26人に重軽傷を負わせた大量殺人事件、津久井やまゆり園事件から、来月で3年となります。
この事件においての殺害された被害者数19人は、第二次世界大戦(太平洋戦争)後の日本で発生した殺人事件としてはもっとも多く、戦後最悪の大量殺人事件として、福祉の現場のみならず日本社会に衝撃を与えました。

その後(2,019年6月1日)、元農林水産省の事務次官(76)が自分の息子を殺害したと警察に自首した事件がありました。容疑者によると被害者である息子は普段から自宅にひきこもっていることに加え、家庭内暴力を振るっていたとされています。
5月28日、小学生16人と男女2人の計18人が死傷する通り魔殺人事件が起きました。(犯人は川崎市内に住む51歳の男で、自ら首を切って自殺)
このことから「息子を殺人犯にしないための親心」等とネットを中心に被害者を擁護する声も多く散見され、テレビコメンテーターも「やったことは絶対的に悪いが、気持ちはわかる」と複数の方がコメントしています。

~以下、Wikipediaから一部引用~
1、1967年8月7日、生まれてから27年間、心身障害で寝たきりの息子を父親が絞殺し、心中を図った事件があった(心身障者安楽死事件)。一命を取り留めた父親は妻(被害者の母親)と共に自首しメディアでは、障害者施設が無いゆえの悲劇として同情的に報じられ、身障児を持つ親の会、全国重症心身障害児を守る会などが減刑嘆願運動を行いました。その結果、父親は心神喪失を理由に「無罪」となった。

2、1970年5月29日、神奈川県横浜市で母親が介護を苦にして、脳性麻痺者の我が子を絞殺した事件。この事件でも母親に同情的な立場から、減刑や無罪放免運動が起こった。結果として、母親は有罪となったが、懲役2年の求刑に対し執行猶予3年と、殺人事件としては非常に軽い量刑であった。
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この二つ事件は、私が生まれ年(1970年)頃であり、すでに50年近く経ちます。
当時、1970年に障害児を殺害した母親への減刑嘆願が起こったときに、「異議を申し立てた」一人に脳性マヒ障害者の横田弘さんが居られます。

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マスコミは障害児を抱えた家庭を「不幸」であるように報じていること。その「不幸」を報じることで世間に生まれるのは、自分の隣にいるかもしれない障害児への想いではなく、「自分が障害児を生まなかったことへの『しあわせ』」であるということ。その報じ方の中に、障害者を抹殺していく論理が隠されていること。障害児を持つ家族が社会から疎外され、それが障害児殺しにつながったのではないか、ということ。障害児殺しの事件が起きてから減刑運動をはじめ、それが善いことであるように振る舞う人がいるが、なぜ事件が起きる前に、障害児とその家族が穏やかな生活を送れるような温かい態度がとれなかったのか。
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この言葉は重く、知的障害の家族と共に育った私は、今に至るまで、こうした社会にある矛盾を強く感じています。
誤解を恐れずに言えば、50年前と何も変わっていないのではないか、ナチスの重度障害者を抹殺した優生学的思想に対しても多くの人が理解しているのではないかという恐怖を感じてます。

/津久井やまゆり園事件を検索すると「出生前診断を受け、9割が中絶を選択」といった記事も併せて抽出されます。
私たち夫婦は(同じ年齢)、35歳で結婚し、特定不妊治療を経て40歳で長男、43歳で長女を授かりました。高齢出産(高齢初産婦)ですから、染色体異常や胎児の障害のリスクが高くなると言われておりました。

妊婦の年齢が高齢ということは、卵子も高齢であり、卵子が年をとっている分、ダウン症やその他の染色体異常にもかかる率が高いと言われています。妊婦さんの年齢が20歳では約1500人に1人の割合ですが、30歳になると約1000人に1人、35歳だと約400人に1人、40歳では約100人に1人、45歳になると約30人に1人の割合でダウン症の子が生まれます。

閑話休題。当時は、染色体異常を知る「絨毛検査」「羊水検査」という方法が用いられていましたが、胎児が亡くなる危険性(1%未満)もあると聞いておりました。当時は、夫婦で話し合い、染色体異常検査は受けないことを選択しました。

2013年に採血するだけで胎児の死亡リスクがない「新型出生前診断」が登場しました。結果として、出生前診断を受ける人は、この10年間で2倍以上まで増加したとのことです。
ある記事によれば、2013年4月~2018年9月の間に「新型出生前診断」を受けた人は約6万5000人に上る。出生前診断によって胎児の染色体異常が確定した886人のうち中絶を選択したのが819人と、実に9割以上が中絶を選択しているとのことです。

私たちは、障害の有無に関わらず共に生きることができる社会を目指して、共生憲章(ともに生きる社会かながわ憲章)をつくりました。前述、長く記した通り、簡単には割り切れないことも多く、実現は簡単ではありません。

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ともに生きる社会かながわ憲章

この悲しみを力に、ともに生きる社会を実現します
平成28年7月26日、県立の障害者支援施設である「津久井やまゆり園」において19人が死亡し、27人が負傷するという、大変痛ましい事件が発生しました。
この事件は、障がい者に対する偏見や差別的思考から引き起こされたと伝えられ、障がい者やそのご家族のみならず、多くの方々に、言いようもない衝撃と不安を与えました。
私たちは、これまでも「ともに生きる社会かながわ」の実現をめざしてきました。
そうした中でこのような事件が発生したことは、大きな悲しみであり、強い怒りを感じています。
このような事件が二度と繰り返されないよう、私たちはこの悲しみを力に、断固とした決意をもって、ともに生きる社会の実現をめざし、ここに「ともに生きる社会かながわ憲章」を定めます。

一 私たちは、あたたかい心をもって、すべての人のいのちを大切にします
一 私たちは、誰もがその人らしく暮らすことのできる地域社会を実現します
一 私たちは、障がい者の社会への参加を妨げるあらゆる壁、いかなる偏見や差別も排除します
一 私たちは、この憲章の実現に向けて、県民総ぐるみで取り組みます

平成28年10月14日     神奈川県
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※ 神奈川県議会では、平成28年7月26日の事件発生後、厚生常任委員会等を臨時開催し、現地調査を実施するなど審議を行って参りました。第3回定例会初日平成28年9月8日の本会議では、冒頭、黙とうを捧げるとともに「県立津久井やまゆり園で発生した事件の再発防止と共生社会の実現を目指す決議」を全会一致で可決しました。
その後、本会議の代表質問や予算委員会での知事答弁、さらには厚生常任委員会等での審議を経て、10月13日には本会議を臨時開催し、知事から「ともに生きる社会かながわ憲章」が提案され、10月14日の本会議において全会一致で可決したものです。


補正予算の総額は 一般会計252億300余万円/本会議 黒岩知事提案説明/「ラグビーワールドカップ2019」の開幕まで、昨日でちょうど100日前/早朝議会活動報告は 本厚木駅北口及び、中心市街地交差点。本日で通算2471日目(延べ日数ではなく実数)

本日も 本厚木駅北口及び、中心市街地交差点にて、早朝駅頭活動(議会報告)を行わせて頂きました。
朝から8時40分まで本厚木駅北口にて行いました。沢山の市議会議員予定候補者の方々が駅頭に立ち、8時ちょうどに撤収されましたので、8時過ぎから8時40分まで、マイクを使用しての議会報告をさせて頂きました。(その後)30分、中心市街地を廻らせて頂きました。
これまでも、基本、平日毎日行ってきた早朝議会活動報告は本日で通算2471日目(延べ日数ではなく実数)となります。選挙の有無に関らず、可能な限り、駅頭や交差点に立ち議会報告を行っています。このスタイルは、市議会議員時代から全く変わりません。選挙の有無に関らず、可能な限り、駅頭や交差点に立ち議会報告を行っています。

/昨日の本会議で、黒岩知事が提案しました補正予算案においては、補正予算の総額は、一般会計252億300余万円です。

知事の本会議においての提案説明によると財源としては、当初予算で計上を留保した県税から47億6,500余万円と、森林環境譲​与税9,700余万円を充当するほか、国庫支出金、繰入金、県債などを​充当し、収支の均衡を図っています。​ このように、令和元年度6 月補正予算は、障がいのある方の地域生​活を支える取組みや、中小企業・小規模企業経営の未病改善、防災の​ための公共事業など、県民生活に密着した施策にしっかりと対応する​とともに、神奈川の未来社会の創造につながる施策にも積極的に取り​組んでいく予算として編成されています。

「ラグビーワールドカップ2019」の開幕まで、昨日でちょうど100日前となりました。この大会は、アジアで初めて日本で開催されるもので、決勝、準決勝を含む7 試合が横浜国際総合競技場で行われ、日本代表戦や、強豪チーム同士の好カードなど世界が注目する激闘が、ここ神奈川・横浜で繰り広げられます。
私は、ラグビーワールドカップ2019™、第32回オリンピック競技大会及び東京2020パラリンピック競技大会を所管する国際文化観光・スポーツ常任委員会の委員でありますので、県民にとっても最高の大会となるよう、万全の準備を求めて参ります。

本県としても、開幕100日前イベントや日本代表戦のパブリックビューイングなどのイベント、シティドレッシングなど県民の皆様に関心を持っていただける取組みを進め、全力で機運を盛り上げていくとの発言が、知事よりありました。

【写真】: 過日の常任委員会と本日の本会議(いずれも動画配信画面)/早朝議会活動報告は 本厚木駅北口及び、中心市街地交差点にて行いました。本日で通算2471日目(延べ日数ではなく実数)/きゅうりバーガー

マイクロプラスチック対策として、海洋プラごみ回収装置(Seabin シービン)を導入します

本日、神奈川県スポーツ局セーリング課長より、海洋プラごみ回収装置(Seabin シービン)の導入する旨の連絡がありました。
シービンとは、マイクロプラスチックまで吸い込む海のゴミ箱です。私もこれまで、マイクロプラスチック対策について、取り組み提案して参りました。

この海洋プラごみ回収装置については、令和元年5月15 日(水曜日)から湘南港にて、試験運転を実施していましたが、県はその効果を確認したことから、当該装置を一基購入し、寄贈された一基と合わせて、二基で本格稼働を開始(5月30日~)します。

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SDGs未来都市である神奈川県は、SDGs(持続可能な開発目標)の推進に向けて、平成30 年9 月に「かながわプラごみゼロ宣言」を発表し、深刻化する海洋汚染、特にマイクロプラスチック問題等に取り組んできました。このたび、国内で初めて、海洋プラごみ回収装置(Seabin シービン)をオリンピックの競技会場となる湘南港(江の島ヨットハーバー)に、2基導入します。
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【写真】: これまでも マイクロプラスチック対策を議会で強く求めてきました。海洋プラごみ回収装置の設置が実現し、五輪江の島会場で、5月30日から本格稼働します。

 

令和元年度 国道246号バイパス建設促進協議会委員会/国道246号バイパス建設促進議員連盟総会(総会・研修会・懇親会)/令和元年度 厚木市防火安全協会定例総会(レンブラントホテル厚木)

本日は、令和元年度 国道246号バイパス建設促進協議会委員会に顧問として出席しました。
伊勢原市役所(3階・会議室)で、「令和元年度 国道246号バイパス建設促進協議会・委員会」が行われました。厚木市、秦野市、伊勢原市、中井町の市長 町長、市町議会議長を委員(正副会長・監事)とし、私を含めた地域選出の県議会議員が顧問、県土木所長(厚木・平塚・県西)・県広域幹線道路事務所長が、参与として就任しております。
県議会からは、私・佐藤知一の他、数名が(委員会・研修会共に)出席をさせて頂きました。私以外は、全員自民党会派所属議員です。以上の方々の他に4市町の関係部長・課長級職員を加えたメンバーで、国道246号バイパス建設促進協議会役員を構成しています。共に党派を超えて、しっかりと頑張って参ります。

本日の委員会終了後の講演会(研修会)は、国土交通省関東地方整備局横浜国道事務所の大江真弘事務所長を講師に迎えての勉強会でありました。テーマは、「神奈川県内の道路行政について」でした。

/厚木秦野道路(国道246号バイパス)は、神奈川県央部を東西に走る延長約29.1kmの自動車専用道路(地域高規格道路)です。現在の国道246号の慢性的な渋滞を解消するとともに、新東名高速道路などと一体となって、地域の交流・連携の強化、物資の流通促進などを担う新たな東西交通軸としての役割が期待されています。

/午後からは「国道246号バイパス建設促進議員連盟総会(総会・研修会・懇親会)」に地元選出県議会議員として出席のお声掛けを頂きました。公務の関係で、総会のみの出席とさせて頂きました。国道246号バイパス建設促進議員連盟は、当該市である厚木市、伊勢原市、秦野市の市議会議員によって組織され、私も参与の立場で加わっています。

/その後(伊勢原から厚木に移動し)、令和元年度 厚木市防火安全協会定例総会(レンブラントホテル厚木)に来賓として出席をさせて頂きました。厚木市防火安全協会は、事業所の防火・防災体制の確立や市民全体の防災思想の普及活動を行う団体です。消防長や消防団長も私たちと共に来賓として、ご出席されています。
総会では議案審議や決算報告などのほか、防火活動に尽力した個人や事業所へ贈られる協会会長表彰(優良個人表彰・優良事業表彰)が執り行われました。毎年、県議会議員として出席をさせて頂き、受賞された方々には、心よりお祝いをさせて頂いております。本日も地元選出県会議員として、しっかりと実現に向けた取組に汗をかいて参ります。

【写真】: 令和元年度 国道246号バイパス建設促進協議会委員会/国道246号バイパス建設促進議員連盟総会(総会・研修会・懇親会)/令和元年度 厚木市防火安全協会定例総会(レンブラントホテル厚木)

国際文化観光・スポーツ常任委員会/午後から質疑に立ちます/夜は慶応義塾大学弁論部エルゴー会(OBOG会)拡大幹事会

本日は、8つの常任委員会が開催されています。今期、私は、国際文化観光・スポーツ常任委員会に所属しています。私は、午後から質疑に入る予定です。
主に「かながわグランドデザイン 第3期実施計画(素案)」について質問予定です。特に「観光資源の発掘・磨き上げ」「大山・日向薬師の観光(インバウンド・アウトバウンド)」「戦略的プロモーションの推進」等について、取り上げる予定です。(答弁によっては変更もあります)

国際文化観光・スポーツ常任委員会: 国際交流及び国際協力、文化の振興、観光、スポーツ、ラグビーワールドカップ2019™、第32回オリンピック競技大会及び東京2020パラリンピック競技大会、そのほか国際文化観光局やスポーツ局の仕事について審査します。

=「かながわグランドデザイン 第3期実施計画(素案)」について=
(1) 策定の趣旨
・ 県では、県政運営の総合的・基本的指針を示す総合計画として、平成24年に「かながわグランドデザイン基本構想」及び「かながわグランドデザイン実施計画」を策定するとともに、27年に「かながわグランドデザイン第2期実施計画」を策定し、様々な課題への対応を着実に進めてきた。
・ 平成30年度に「第2期実施計画」の最終年度を迎えたことから、政策全般について点検を行った結果、少子高齢化、グローバル化、技術革新の動きなどに進展はあるものの、「基本構想」策定時の社会環境については、変化の傾向が継続していることが確認できた。また、国連において採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の理念と県がこれまで進めてきた取組みは、軌を一にするものであることも確認できた。
・ こうしたことから、今後も現行の「基本構想」の方向性に沿って政策を推進することとし、「かながわグランドデザイン第3期実施計画」を策定して取り組むこととした。

/夜は、慶応義塾大学弁論部エルゴー会(OBOG会)拡大幹事会に副会長として 出席します。
慶應義塾大学弁論部エルゴー会は、慶応大学弁論部に在籍した卒業生により構成される団体で、正会員が410名余、特別会員が5名となっています。本会は、福沢精神に則り、演説の高揚発展につとめるとともに、現役弁論部の支援と交流、会員相互の互助と親睦を図ることを目的としています。佐藤知一は、105期生です。

/令和元年度 公益社団法人神奈川県宅地建物取引業協会県央支部 通常総会・懇親会 は、欠席とさせて頂きました。昨日、祝電メッセージをお届けしました。

【写真】: 委員会動画配信キャプション。佐藤は委員席向かって左から2人目。

Facebook 私の個人アカウント「いいね!」通算47万件/早朝議会活動報告は本日で通算2464日目/神奈川県議会 広報紙「議会かながわ No.162」発行

本日の早朝議会活動報告は、妻と子ども達を送り出してから中心市街地にて行いました。基本、平日毎日行ってきた早朝議会活動報告は本日で通算2464日目(延べ日数ではなく実数)となります。選挙の有無に関らず、可能な限り、駅頭や交差点に立ち議会報告を行っています。このスタイルは、市議会議員時代から全く変わりません。
選挙の有無に関らず、可能な限り、駅頭や交差点に立ち議会報告を行っています。

/その後、厚木さとう事務所にて、澤田(さとう選対)事務長にお越し頂き、ミーティング等。

/本日、神奈川県議会の広報紙「議会かながわ No.162」が発行されてました。本会議を中心に、議会活動をお知らせするタブロイド判の広報紙です。おおむね4月・8月・11月・1月の年4回発行し、新聞折り込みで各家庭にお届けするとともに、県の施設、市役所、町・村役場、図書館、ハローワーク、郵便局、金融機関(横浜銀行、スルガ銀行)や、主要な駅などにも置いています。
「新しく選出された議員」として、私の名前(さとう知一)も掲載されています。

【写真】: Facebook 私の個人アカウントタイムラインに友達からの「いいね!」が、通算で47万件ありました。別にFacebookページ(旧ファンページ)もありますので、若干多いと思います。皆様に感謝です。

地区春季健康まつり。厚木北・厚木南地区、南毛利地区等。パンチ佐藤さんとシドニーオリンピック銀メダリスト 安藤美佐子さん/栄光学園中学高等学校 文化祭(第71回栄光祭)/本日「母の日」/緑のまつり二日目

本日は、自治会の球技大会(地区春季健康まつり)が、市内各地域で行われています。厚木北地区と厚木南地区では、開会式で、御挨拶をさせて頂きました。
厚木南地区では、パンチ佐藤さんが、助っ人外国人ならぬ助っ人元プロ野球選手として参加します。(と聞いています)
パンチ佐藤さんの隣にいるのは、シドニーオリンピック銀メダリスト 安藤美佐子さん。同じく強力助っ人として参加(と聞いています)。その後も南毛利地区等を廻り、御挨拶をさせて頂いています。お伺いできなかった会場も全て、昨日までに直接お伺いし、祝電メッセージをお届けさせて頂いております。本日は、緑のまつり二日目です。

/午後は、妻と子供たちと共に鎌倉市の栄光学園中学高等学校 文化祭(第71回栄光祭)に出かけて参りました。進学校として有名な栄光学園ですが、私は、初めてお伺いしました。
栄光学園OBの隈研吾氏が監修して新築された校舎を隅々まで、見ることができました。「新校舎の1階はRC造主体、2階は木造主体のハイブリッド構造。時代の先駆けとなる『みらいの学校』のモデルを目指した」とされるものです。隈研吾マニアとしては、一度はしっかりと見て廻りたかった建物(選定委員長としての監修ですが)でした。

木造部の柱や梁(はり)、外壁などには国産材を、廊下の下駄箱や教室内の棚には神奈川県産のヒノキを使用しています。
完成した校舎は、3階建てを全て2階建てとしたことも話題となったそうです。
3階建てだった校舎をわざわざ2階建てにした理由は「(栄光学園は)休み時間などには校庭へ出て伸び伸び遊ぶ伝統があり、3階からは下りるのに時間がかかってしまうから」ということで、二度びっくりです。耐震性能を受け持つ鉄筋コンクリートと柔らかく空間を包み込む木造のハイブリッド構造で、新築から丸2年と新しい校舎は、素晴らしかったです。

/本日は、母の日。
妻は、子ども達にとっての母なので、本日は、子ども達の意見を最大限尊重(したつもり)です。
夕食は、(子ども達の大好きな)無添くら寿司 でお腹いっぱい。
プレゼントは、ケーキ(とカーネーション)。
「我田引水」感が漂いつつも、子ども達の思惑通りにコトが進みました。
私の母は、昨年亡くなりましたが、思えば私は、ろくすっぽ親孝行など出来なかった。とても親不孝な息子でした。
子ども達には(私を反面教師に)母親孝行な大人に育ってもらいたいと思いました。
そんな、母の日でした。

【写真】: 地区春季健康まつり。厚木北・厚木南地区、南毛利地区等。パンチ佐藤さんとシドニーオリンピック銀メダリスト 安藤美佐子さん/栄光学園中学高等学校 文化祭(第71回栄光祭)/本日「母の日」

本日の早朝街頭演説の内容「厚木市内の危険個所をお知らせ下さい/大津園児死亡事故、衝突車両に大きな速度超過なく 縁石やガードレールない所で列に突っ込む

本日の朝の街頭演説では、園児の列に車で突っ込んだ事故を受けて、市内の危険個所にお気づきの場合は、市や県の行政機関、もしくは、私までお伝え頂きたいとお話をさせて頂きました。
「厚木市内の保育所・園関係者、保護者の方で、散歩コース等にガードレールをつけてほしい」との要望事項についても触れ、どの機関に伝えればよいかわからない時は、私 佐藤知一まで、お知らせ頂ければ、対象が市でも、国でも(厚木市以外でも県内なら)県議会議員として、しっかりと対応をさせて頂きます。

危険個所の対応は、事案によって、出来るものとできないものがあります。
(以下は、主な演説内容)

(解決可能事案)

例えば、昨年の事例では、市内元町交差点の給油所が閉まり、民間に転売された際に一部が砂利道となり、特に雨の日の自転車やお年寄りの歩行に支障をきたすとのことでした。地元自治会長と公民館長と共に厚木土木事務所長を訪ね要望したところ、所有者の了解を得て、数日後には「アスファルト舗装として危険のない様にする」との回答を頂きました。約束通り、あつぎ鮎まつりの前までに整備をして頂きました。
また、船喜多神社には、水道が引けていないので、防災時に避難する方も想定できることから「せめて水道くらいは」という要望についても、これまでは「不明所有者が複数存在することからできない(水道は引けない)」とのかいとうであったものの、近年の防災意識の高まりから、地域自治会(と厚木市)の要望があれば、水道を引くことはできるとして、実際に整備をして頂きました。

このように課題解決をスムーズにできるものがある一方で、解決困難な事案も多くあります。

(未解決事案)

例えば、「ぼうさいの丘公園の入り口正面に信号機と横断歩道を整備してほしい」との地元要望です。
ぼうさいの丘公園には、遊具もあり、通りを挟んだエリアに保育園もあります。反対側からは、左右どちらかの坂道を下って、下にある横断歩道を渡って、再度、坂道を上る必要があります。
本来なら、入口正面に信号機と横断歩道が整備できれば、一番、親切なつくりとなりますが、坂道を上る車からすると頂上から下った個所に横断歩道があると気付くのが遅れるため、歩行者にとってはかえって危険となります。
そのため、「ぼうさいの丘公園の入り口正面に信号機と横断歩道を整備は、設置が厳しい」となりました。

このようにご要望を頂いても、対応できない事案もありますが、多くは、行政が把握しきれていない案件であります。
繁華街や住宅密集地での重大事故を未然に防止するためにも措置を講ずる必要があります。今回の痛ましい暴走事故を受けて、改めて、市民の皆様のご意見をお聞かせ頂きたいと強く思いました。

京都新聞 2019年5月9日11時15分配信(Yahoo News)

私にとっての平成はニュージーランドで始まりました。そして、県議会で終わります。

(高校卒業後、NZへ渡航。アジア各国を廻る。その後、スリランカに職業訓練学校設立)

私は、高校を卒業してすぐ(1988年3月)に、18歳でニュージーランドへ渡り、2年間にわたって海外生活を経験しました。昭和天皇陛下崩御の知らせは、ニュージーランドにて知りました。日本においての当時の空気感を私は知りません。
(ニュージーランドでは、就労ビザを取得し、少林寺拳法の指導員をしていました。現地の中学校などにも出向いて教えていました。)

その前後、シンガポール、マレーシア、タイ、台湾、香港等、アジア各国を半年ほどかけて、ひとり、それぞれの国の友人を訪ね バックパッカーとして、各国を廻りました。中国天安門事件直後のアジア各国の華僑の友人を訪ね歩く旅は、それまでの私の価値観をひっくり返すほど、私にとって衝撃でした。

帰国後は、料理屋を営む家業を継ぐ為に 2年間、伊豆の旅館で修業し、調理師となりました。その後、実家に戻り、通算で10年近く、調理師の仕事をして参りました。その間、調理師の仕事をしつつ、スリランカに職業訓練学校をつくる等、国際支援活動もごく小規模でありましたが、形にして参りました。
スリランカでの職業訓練学校設立・運営の活動は、その後の「平成10年度 国際ソロプチミスト日本財団ボランティア表彰(全国表彰)」や「慶應義塾 SFCアワード」「慶應義塾塾長賞(奨励賞)」授賞につながりました。一定の評価を頂きました。
「国際ソロプチミスト日本財団ボランティア表彰(全国表彰)」は、国際ソロプチミスト厚木としては、初の全国表彰であったとお聞きしています。

(市議会選挙落選後、大学進学を決意)

その後、29歳で、初めて厚木市議会議員選挙に挑戦して落選しました。

一人前の調理師にもなれず、政治家にもなれなかった私は、それでも、政治の道をあきらめきれず、一年かけて大学を受験し、30歳で慶応義塾大学総合政策学部に進学しました。政治家になるためには、 必ずしも高校や大学を卒業している必要はありませんが、私は、高校卒業から12年遅れて、大学へ進学し、政治を一から学び直しました。

大学3年時の33歳で、厚木市議会議員選挙に初当選し、今に至ります。当時は、学生議員でありました。12年遅れて、大学に入ったことは、とても新鮮でした。私のまわりの学生たちは、先輩も含めて、ほぼ全て年下で、年下の先生も数人いらっしゃいました。

その後も、世界各地を廻り、厚木市議会副議長時代は、全国市議会議長会から代表として、北方領土への訪問団に加わり、国後島(訪問手続)と択捉島にノービザ渡航をする等の経験をさせて頂きました。

一世を風靡した事業仕分けにも「仕分け人」として、参加させて頂きましたし、慶大卒業後は、そのまま、学生議員となるべく、早稲田大学大学院(アジア太平洋研究科)へ市議会議員の立場で進学しました。大学院に進学し、2年生時には、結婚することができ、二人の子宝にも恵まれました。
気苦労をかけた母を昨年夏に亡くし、今となっては、大した親孝行もできなかったことが、一番の心残りです。

(震災対策と被災地支援)

「阪神淡路大震災」は、我が国における防災対策の大きな分岐点になりました。私も現地入りし、活動を展開しました。必要物資が不足する状況の中、「全国から届く物資」も大阪近郊で滞り、現場にいた誰もが課題を認識しながらも問題を解決するには人手が全く足りない状況でありました。

その後、2004年12月26日、28万人以上の犠牲者を出したスマトラ島沖地震の現場にも入りました。当時私は、調理師の仕事をしながら、スリランカに職業訓練学校を設立・運営する活動をしていました。友人の国務大臣(当時)と共に被災地を廻り、支援等を精力的に行いました。震災や津波被害現場での活動経験が政治を志す原点であり、厚木市議当選後、消防団に市議の立場で入団した理由もそこにあります。市議・県議として、震災と正面から向き合いました。

東日本大震災発災当時、学校を所管する厚木市議会議員(環境教育常任委員長)でした。その後、広域的に活動できる県議を目指し、県議選に挑戦しました。県議当選後は、震災対策と被災地支援・調査研究を所管する常任委員会と特別委員会の両方、且つ、二年間連続して就任し被災地支援に全力であたりました。

(そんな平成が本日 終わります。初心忘るべからず)

そんな平成が、本日で終わります。厚木市長選挙に挑戦し、敗れましたが、その後の県議会議員選挙で当選をさせて頂き、県議会議員として、平成を終えることができました。
明日から、新しい時代「令和」が始まります。新しい仲間たちと共に新たな時代をスタートすることを決めています。

【写真】: 高校を卒業し18歳でニュージーランド渡航/アジア各国を訪問。香港ではデモに/スリランカでは職業訓練学校を設立・運営/大学3年時に厚木市議会初当選/大学院卒業間際に結婚/二人の子宝に恵まれました

平成31年度東京大学学部入学式 上野 千鶴子東大名誉教授 祝辞

社会的に 非常に話題となった 上野千鶴子東大名誉教授 祝辞ですが、その後のインタビューで上野教授は「『私を突き動かしてきたのは社会の不公正に対する怒り』だと言いました。不公正があったらあなたたちも怒っていい、怒るべきだというメッセージ」と述べています。
上野教授のメッセージを広く知って頂くため、以下に引用・転載します。

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平成31年度東京大学学部入学式 祝辞

(上野 千鶴子東大名誉教授)
ご入学おめでとうございます。あなたたちは激烈な競争を勝ち抜いてこの場に来ることができました。

女子学生の置かれている現実

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生と浪人生に差別があることが判明しました。文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査を実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生の合格率に対する男子学生の合格率は平均1.2倍と出ました。問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大、慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやすい大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医学部が並んでいます。ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計は大事です、それをもとに考察が成り立つのですから。

女子学生が男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいからでしょうか?全国医学部調査結果を公表した文科省の担当者が、こんなコメントを述べています。「男子優位の学部、学科は他に見当たらず、理工系も文系も女子が優位な場合が多い」。ということは、医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。

事実、各種のデータが、女子受験生の偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。まず第1に女子学生は浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。第2に東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました。統計的には偏差値の正規分布に男女差はありませんから、男子学生以上に優秀な女子学生が東大を受験していることになります。第3に、4年制大学進学率そのものに性別によるギャップがあります。2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の性差別の結果です。

最近ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんが日本を訪れて「女子教育」の必要性を訴えました。それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無関係でしょうか。「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling downすなわち意欲の冷却効果と言います。マララさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。

そうやって東大に頑張って進学した男女学生を待っているのは、どんな環境でしょうか。他大学との合コン(合同コンパ)で東大の男子学生はもてます。東大の女子学生からはこんな話を聞きました。「キミ、どこの大学?」と訊かれたら、「東京、の、大学…」と答えるのだそうです。なぜかといえば「東大」といえば、退かれるから、だそうです。なぜ男子学生は東大生であることに誇りが持てるのに、女子学生は答えに躊躇するのでしょうか。なぜなら、男性の価値と成績のよさは一致しているのに、女性の価値と成績のよさとのあいだには、ねじれがあるからです。女子は子どものときから「かわいい」ことを期待されます。ところで「かわいい」とはどんな価値でしょうか?愛される、選ばれる、守ってもらえる価値には、相手を絶対におびやかさないという保証が含まれています。だから女子は、自分が成績がいいことや、東大生であることを隠そうとするのです。

東大工学部と大学院の男子学生5人が、私大の女子学生を集団で性的に凌辱した事件がありました。加害者の男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。この事件をモデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女は頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマに学内でシンポジウムが開かれました。「彼女は頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者の男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大の男子学生が社会からどんな目で見られているかがわかります。

東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました。わたしが学生だった半世紀前にも同じようなサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです。この3月に東京大学男女共同参画担当理事・副学長名で、女子学生排除は「東大憲章」が唱える平等の理念に反すると警告を発しました。

これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等の社会でした。偏差値競争に男女別はありません。ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行しています。東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです。

学部においておよそ20%の女子学生比率は、大学院になると修士課程で25%、博士課程で30.7%になります。その先、研究職となると、助教の女性比率は18.2、准教授で11.6、教授職で7.8%と低下します。これは国会議員の女性比率より低い数字です。女性学部長・研究科長は15人のうち1人、歴代総長には女性はいません。

女性学のパイオニアとして

こういうことを研究する学問が40年前に生まれました。女性学という学問です。のちにジェンダー研究と呼ばれるようになりました。私が学生だったころ、女性学という学問はこの世にありませんでした。なかったから、作りました。女性学は大学の外で生まれて、大学の中に参入しました。4半世紀前、私が東京大学に赴任したとき、私は文学部で3人目の女性教員でした。そして女性学を教壇で教える立場に立ちました。女性学を始めてみたら、世の中は解かれていない謎だらけでした。どうして男は仕事で女は家事、って決まっているの?主婦ってなあに、何する人?ナプキンやタンポンがなかった時代には、月経用品は何を使っていたの?日本の歴史に同性愛者はいたの?…誰も調べたことがなかったから、先行研究というものがありません。ですから何をやってもその分野のパイオニア、第1人者になれたのです。今日東京大学では、主婦の研究でも、少女マンガの研究でもセクシュアリティの研究でも学位がとれますが、それは私たちが新しい分野に取り組んで、闘ってきたからです。そして私を突き動かしてきたのは、あくことなき好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。

学問にもベンチャーがあります。衰退していく学問に対して、あたらしく勃興していく学問があります。女性学はベンチャーでした。女性学にかぎらず、環境学、情報学、障害学などさまざまな新しい分野が生まれました。時代の変化がそれを求めたからです。

変化と多様性に拓かれた大学

言っておきますが、東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。わたしのような者を採用し、この場に立たせたことがその証です。東大には、在日韓国人教授、姜尚中さんも、高卒の教授、安藤忠雄さんもいました。また盲ろう二重の障害者である教授、福島智さんもいらっしゃいます。

あなたたちは選抜されてここに来ました。東大生ひとりあたりにかかる国費負担は年間500万円と言われています。これから4年間すばらしい教育学習環境があなたたちを待っています。そのすばらしさは、ここで教えた経験のある私が請け合います。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと…たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。

東京大学で学ぶ価値

あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。これまであなた方は正解のある知を求めてきました。これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです。学内にとどまる必要はありません。東大には海外留学や国際交流、国内の地域課題の解決に関わる活動をサポートする仕組みもあります。未知を求めて、よその世界にも飛び出してください。異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけます。あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。ようこそ、東京大学へ。

平成31年4月12日
認定NPO法人 ウィメンズ アクション ネットワーク理事長
上野 千鶴子

※一部事実と異なる表記があり、4月16日付けで修正。